嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

聖なる御都合主義・『東京ゴッドファーザーズ』

今敏作品の中で、最も大衆受けのする作品だろう。『ダイ・ハード』と並び、毎年クリスマスにどこかのテレビ局で放送するべきクオリティの映画である。

 

おっさんホームレス・ギンちゃん、元ドラァグクイーンのホームレス・ハナちゃん、そして家出女子高生・ミユキ。新宿の公園に住まう三人は、クリスマスの夜、ゴミ捨て場で赤ん坊を拾う。

ハナちゃんは赤ん坊に「清子」と名付け、議論の末、三人は清子の親を探し始めるのであった……。

 

この作品の特筆すべきは、「御都合主義のオンパレード」という点だ。御都合主義とは本来、「描きたいシーンとシーンが繋がるような、巧いシナリオが思い浮かばない…」と作り手が諦めた時に生じる、文字通り「クリエイター側の都合」のことである。我々客は、物語上起こり得る偶然の範疇を超えた御都合主義に出会うと、完全に閉じた世界である筈の作品内に作者の影を感じ取ってしまい、失望を抱く。

この瞬間、客は虚構の中から現実へと引き戻されるのだ。

おおよそ、一つの作品で「偶然」を三回以上繰り返せば、客はそれを御都合主義と見なすだろう(偶然のデカさによっては、一度や二度でもアウトだ)。

 

ところがその点、『東京ゴッドファーザーズ』は凄い。この作品、「偶然」によってのみ物語が進むと言っても過言ではないのだ。偶然に次ぐ偶然。一つの展開が偶然によって生じ、その先でもまた偶然によって物語が展開していく。連鎖的、重層的に「偶然」が積み重ねられていくのである。

だが、この作品が破綻をきたすことは無い。何故なら今作は、「クリスマスの夜から始まる物語」だからだ。「御都合主義」にクリスマスという魔法を掛ければ、それは「奇跡」へと姿を変えるのである。

尤も、その魔法が作品中ずっと続くわけではない。しかし、クリスマスの魔法が切れかかった頃には、物語は大晦日へと突入している。大晦日もまた、「御都合主義」を「奇跡」へと変貌させる魔力がある。

故に、本作は上映時間中ずっと、「御都合主義」を「奇跡」として楽しむことのできる、奇跡的な作品となっているのだ。

「日本人の癖に、キリシタンでもない癖に、クリスマスを祝うな!」

心の底からそう思う人には、この作品は楽しめない。確かにその気持ちには大いに賛同できるが、それでもやはり僕は、冬になると幼少期の甘美なクリスマスの想い出が蘇り、気持ちを昂ぶらせてしまう。

もし貴方が僕のように、「キリスト教徒ではないが、それでもやはりクリスマスの夜は特別だ」という人ならば、そして、「クリスマスくらい、奇跡が起こってもいいじゃないか」という人ならば、今作は貴方にとっての傑作になり得るだろう。

七面鳥シャンパンを用意して、クリスマス気分にどっぷりと浸りながら観るのがオススメです。