嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

大胆にして緻密・『MUD MEN 最終版』

〇〇も知らないのに漫画を語るな! という主張はあまり好きではないのだが、漫画好きを名乗るなら読んでいて損はない作家、というのはやはりいるものだ。その筆頭は恐らくこの人、諸星大二郎だろう。天才、奇才、鬼才……。どんな言葉で褒め称えても足りない、漫画界唯一無二の存在である。

そんな諸星大二郎作品の中での最高傑作が、『MUD MEN 最終版』(光文社刊)である。

 

人類学者の篠原教授は、パプア・ニューギニアからガワン族の酋長の息子・コドワを連れて、半年ぶりに日本へと帰国する。部族の伝統を重んじながらも現代文明の知識にも富むコドワは、しばらくの間、篠原教授宅で過ごすことになる。篠原教授の娘・波子は困惑しつつもそれを受け入れ、徐々にコドワと親しくなっていく。

だが、篠原教授は自身の研究のため、「ガワン族のタブー」に触れてしまい……。

 

上記が一応のあらすじだが、簡単なあらすじでは説明できない、文明と神話にまつわる圧倒的な物語が、ここから縦横無尽に展開していく。近代科学の発展著しい文明社会幻想的な神話世界を違和感なく繋ぎ合わせるその手腕たるやまさしく天才であり、高いエンタメ性を保持したまま重厚なテーマを描き切ってしまう点も疑いようなく天才である。

 

本作は、諸星大二郎の豊富な知識と驚異の想像力によって創り上げられたストーリーを、ジャングルの熱気や湿気を感じさせる独特な絵柄で鮮やかに描いた、見事なまでの傑作である。

A5版サイズで400ページ超の存在感溢れる分厚い本を開けば、その中には濃厚な物語世界が広がっている。三千円近い値段を払って読んでも損はない、否、読まなければ損な作品である。

 

諸星大二郎はこの作品で、「作中の登場人物が住む近代日本=虚構」「現実にも残っている日本神話」「諸星大二郎が創り出した架空のパプアニューギニア神話」の三つを織り交ぜて壮大な虚構世界を紡ぐことで、近代科学に批判的な独自の文明論を、我々「現実の読者」に提示しているのだ。

 

僕はこの漫画を初めて読み終えたとき、深い深いため息を吐いた。味わったことのない種類の感動に打ちのめされた。そして未だに、読み返す度に胸を躍らせ、読み終える度に感動し、唸る。

僕にとって『MUD MEN』は、漫画というエンターテイメントの極北なのだ。

 

諸星大二郎という稀代の漫画家が残したこの『MUD MEN』こそ、人類史上に燦然と輝く新たな神話と言えるだろう。