読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

死刑制度改革案

僕は死刑制度に賛成だ。理由は単純であり、死刑判決を下されるような奴を生かしておく必要性がないからだ。遺族感情云々など、正直どうでもいい。遺族感情を争点にすると、天涯孤独な人間なら殺しても死刑にならない、という理屈を持ち出されかねない。

我々は、人間に住処を奪われたために腹を空かし、山を降りて人間を襲ってしまった獣でさえ、問答無用で射殺する。ならば、利己的な理由で人間を襲ったケダモノなど、問答無用で殺害すればいい。それだけの話である。勝谷誠彦氏は「獣(=凶悪犯罪者)に人権はない」が持論だそうだが、まさにその通りだ。人間の皮を被ったケダモノを野に放てば再び人間を襲いかねないし、税金で天寿を全うするまで生かしておく必要性は何一つない。

 

死刑制度反対派の意見は、六つに大別できる。

一つ目は、冤罪で死刑判決が下される危険がある、というものだ。これは確かにあり得るだろう。実際、過去にそういう事例はあるし、今でも冤罪かもしれない死刑囚は存在している。だが、だからといって冤罪の可能性が死刑制度廃止の理由にはならない。

冤罪で死刑判決を下される危険性があるならば、死刑制度を廃止するのではなく、冤罪を根絶する取り組みを推し進めていくべきである。取り調べの可視化、警察・検察と裁判所の相互独立の強化、「疑わしきは罰せず」の徹底化を図るべきなのだ。「冤罪があるかもしれないから死刑制度廃止」というのは、論理の飛躍がある。

 

二つ目は、死刑は残虐だという主張である。この主張をする人は、決まり文句のように、まるでそれが切り札かの如く、「死刑は国家による殺人だ」と述べる。だが、だから何だというのだ。首吊り程度で残虐などと抜かすでない。死刑は国家による殺人? その通りである。当たり前ではないか。それの何が問題なのだ。懲役刑だって、国家による拉致監禁であろう。

 

三つ目は、死刑囚にも人権はあるという主張だ。だが、死刑囚に人権など無い。公共の福祉に反する場合、個人の持つ権利を制限することを、憲法は認めている。そうであるならば、公共の福祉に反する凶悪犯罪者の人権など、剥奪して然るべきである。

 

四つ目は、先進国の多くが死刑制度を廃止している、という主張だ。が、そんなもの知ったことではない。他国と何でもかんでも歩調を合わせればいいという訳ではない。それに、死刑を廃止した国はその代わり、事件現場で被疑者を射殺しているのだ。被疑者を生きたまま確保しようと努める日本の方が、よっぽどマシであろう。

 

五つ目は、死刑執行を刑務官に担わせることへの異議だ。「数分の一の確率で自分が殺した」というストレスを刑務官が負うことを配慮しての意見だろう。この意見は、もちろんよく分かる。だが、それが刑務官の仕事なのだ。死刑制度が存在する日本で刑務官になるからには、その覚悟を背負わねばならない。酷かもしれないが、それが刑務官という職業なのだ。

 

六つ目は、死刑になりたくて人を殺すクズの存在である。これは確かに、どうにかせねばならない。

 

さて、ではいよいよ、僕の考える死刑制度改革案を発表しよう。

それは、死刑執行in武道館である。

文字通り、死刑囚の死刑執行を武道館で開催するのだ。これは盛り上がること必至である。

 

冤罪の可能性がほぼ皆無の死刑囚を、武道館に連行する。武道館を埋め尽くす観客。チケット代は破格の安さ、5万円。武道館のキャパは約14,000人。これだけで、ザッと7億の売り上げである。

さらに、有料チャンネルを開設し、死刑執行を中継する。死刑執行は頻繁にある訳ではないから月額などはなく、死刑執行の時にのみ料金を払うシステムとする。この値段が1万円。視聴率を0.5%と見積もっても、50万人が見るのだ。ザッと、50億の売り上げである。

 

加えて、死刑執行のボタンを押す権利を、一般に販売する。値段は10万円で、応募が複数あれば抽選で決める。そうすれば、人を殺したという罪悪感を刑務官が負うことはない。と同時に、10万円も払って殺人ボタンを押したがる犯罪者予備軍を一斉にリストアップできる。まさに、一石二鳥である。

 

今現在、死刑執行は日本人にとって見たくないもの、目を背けたいものとして認識されている。多くの人間が凶悪犯の死刑を望む一方、自分がその死に関与するのは忌避する。ひっそりと凶悪犯を国に殺してもらい、ニュースや新聞で軽く報じられているのを見て、それで終わりとする。だが、そんなことではダメだ。

死刑執行を公開すれば、死刑の恐ろしさを日本国民全員が共有することとなる。たとえ直接その光景を見なくても、否が応でも生々しい情報が入ってくるだろう。日本で生きている全ての人のためなら、国は凶悪犯を殺害する。この事実を、国民全員が身近なこととして認識するようになる。そうすることで、死刑制度は犯罪の抑止力となり得る。

 

だが、死刑になりたくて人を殺すクズの問題がまだ解決していない。が、これはすぐに解決できる。安楽死を合法化し、安楽死施設を設置すればいいのだ。安楽死の料金は100万円。払えない場合は、生前に献血、死後に臓器提供や解剖に協力すれば、免除とする。そして、施設設置などの諸々の費用は、死刑執行in武道館の収益で賄えばいい。

 

僕のこの死刑制度改革案、いかがであろうか?