読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

じっとり・『人魚伝』

中学三年生のときに『壁』を読んで以来、僕は安部公房のファンなのだが、その最高傑作といえば、砂の女』『箱男そして『人魚伝』のうちのいずれかであろう、と個人的には思う。

 

沈没船の調査をしていた「ぼく」は、船内で美しい人魚と出会う。歯以外は全て緑色の、人間そっくりな人魚。彼女に心奪われた「ぼく」は、彼女と共に暮らしたいという願望を抱き……。

 

エロスホラーの肝は、チラリズムであると僕は思う。全裸の女が明るい照明の下で立っているよりも、薄暗い部屋でスカートの中が見えないギリギリのラインを突いて足を組み替える女の方が、遥かにエロい。怪物が姿を現し主人公を追い掛ける映像よりも、主人公が暗闇の中で身を潜め、周囲の木々が風に揺らされて音を立てている映像の方が、遥かに観ている者の恐怖を駆り立てる。

 

まさに『人魚伝』は、このチラリズムが効いた作品である。人魚との性的交渉を描写したシーンは一切ないにもかかわらず、本作は途轍もなくエロいのだ。じっとりとしたエロスが、作品に備わっているのである。

また本作は、詳細は割愛するが、じっとりとした不安や恐怖を感じさせる、ホラー小説のような趣も併せ持っている。じわりじわりと読者の不安を煽るその展開にも、チラリズムが見え隠れしている(微妙に重複表現ですね、すみません)。

 

乾いた文体や作風の多い安部公房だが、『人魚伝』は、全体的にじっとりとした印象を抱く作品だ。

『人魚伝』の纏う"じっとり"としたエロスや不安感はまるで、じっとりとした人魚の皮膚と呼応しているかのようである。

 

本作へのこれ以上の言及、ストーリー解説は無粋である。『人魚伝』は、新潮社から刊行されている短編集『無関係な死・時の壁』に収録されているので、是非とも購入し、ご自分の目で読んで確かめて頂きたい。

表題作の『時の壁』はイマイチですが、『人魚伝』を読むためだけでも、買う価値アリの一冊です。