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嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

神経質な描線の闇〜エドワード・ゴーリー

僕は、エドワード・ゴーリーという絵本作家のファンだ。何冊も彼の著作を持っているし、原画展にも足を運んだ。

エドワード・ゴーリーは、細い描線を神経質なまでに書き込み、重ねていくことで、闇を浮かび上がる。このとは、文字通り光の加減によって物体に生じる陰影のことでもあり、同時に、人間やこの世界に潜む狂気・恐怖・不条理のことでもある。

 

たとえば『ギャシュリークラムのちびっ子たち または 遠出のあとで』という作品は、A〜Zまでのアルファベットを名前の頭文字に持つ26人の子供達が、それぞれ多種多様な死を遂げる場面を描いている。

だがこの作品は、何か悪いことをした子供達がバツを受けて死んでしまう、といった教訓話ではない。かといって、子供達の死を残虐に描いて愉しむというサディスティックな作品でもない。

ゴーリーはただ単純に、を描いているに過ぎない。過激さや不謹慎な衒いではなく、ひたすら冷たく軽やかに子供達の死を描いているだけなのだ。冷たさと軽さこそが死の本質であり、それを絵本として描くことで、ゴーリー死の不条理=闇を鮮やかに浮かび上がらせたのである。

 

同様にゴーリーは、『不幸な子供』ではタイトルの通り不幸という不条理=闇を、『おぞましい二人』では人を殺す人間の狂気=闇を、『蟲の神』では少女の死という不条理=闇を、『ウエスト・ウイング』では得体の知れない恐怖=闇を、まざまざと浮かび上がらせている。

 

これらの闇は、我々の日常の中に当然のごとく潜んでおり、決して切り離すことは出来ない。だからこそ人々は、ゴーリーの描く絵本に強く惹かれるのである。