嫌々爺日記

日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か……

悪影響を及ぼす物は規制しよう

小児性愛者が性犯罪を犯すと、漫画・アニメの悪影響が取り沙汰される。現に石原慎太郎元都知事閣下なども、漫画やアニメを嫌い、規制を推進した。

 

そうなのだ。漫画・アニメは誰かしらに悪影響を及ぼすのは間違いないのだから、こんなものジャンジャン規制すればいいのだ。漫画やアニメを生き甲斐にする人間が大勢いることから分かる通り、漫画やアニメは強い影響力を持つ。ならば、誰かしらに悪影響だって与えているはずだ。規制せねばなるまい。

ロリ要素のあるもの。エロやバイオレンスの香りがするもの。こういった作品は、全て規制するべきである。小児性愛者を増やし、性犯罪を増やし、傷害、殺人事件を増やす原因になってしまう。もちろん手塚治虫ジブリも例外ではない。『ドラえもん』のしずかちゃん入浴シーン、『サザエさん』のワカメのパンツなども、不健全極まりない。経済効果など知ったことではない。

漫画・アニメは悪影響を及ぼすのだから、規制するべきである。

 

小説ももちろん規制の対象である。文学、文豪、などという高尚ぶった言葉に惑わされてはいけない。谷崎潤一郎など、あんなものただのエロだ。悪影響を及ぼす。漫画・アニメ同様、ロリ要素のあるもの、エロやバイオレンスの香りがするものは、全て規制しなければなるまい。

 

児童書の中にも、悪影響を及ぼす作品は潜んでいる。『かいけつゾロリ』などその最たる例だ。主人公が悪党であり、しかもそれを美化している。子供が不良に憧れ、将来非行に走る要因である。『かいけつゾロリ』シリーズは、絶版にしなければならない。

 

漫画・アニメ、小説とくれば、当然ドラマ・映画規制の対象だ。名作、などという金メッキを剥がせば、ドラマや映画は殆ど全て不健全である。世界的な賞を獲ろうが知ったことではない。ドラマ・映画は、みんな悪影響を及ぼすのだ。規制せねばなるまい。

 

だいたいフィクションなどというものは、現実に対応出来ない者たちの逃げ道に過ぎない。ありもしない世界に感動してどうするのだ。フィクションが豊かになるにつれ、現実は乏しくなっていく。フィクション作品などがあるから、弱い人間が生まれるのだ。

 

忘れてはならないのが、音楽である。音楽の中にも、不健全で悪影響を及ぼすものが多々ある。

ヘヴィメタル、ロックなどは暴力的であり、悪影響を及ぼす。規制の対象だ。ラップ・ヒップホップは不良の文化を助長している。これも規制だ。甘ったるいJ-POPも規制だ。歌なんぞで恋愛を歌うから、若者が歌だけで満足し、少子化が進むのである。

聞いていいのは、インストゥルメンタルだけである。但し、スカなど野蛮で悪影響を及ぼすものは聞いてはいけない。

 

バラエティ番組悪影響を及ぼす。プロが仕事として行う「イジリ」という概念など、子供に通じるはずがない。イジメを助長するだけだ。規制しなければならない。

そもそもテレビというものが悪影響を及ぼすものなのだ。CMは不愉快であり、ニュース偏向報道ばかり。不健全極まりない。テレビは、スポーツ中継以外全て規制の対象である。

 

いや、スポーツ悪影響を及ぼしている。サッカーなどはもはや、いかに上手く転んで相手からファールを取るかを競うスポーツであり、嘘つきを生む原因だ。サッカーに限らず、スポーツは往々にしてそういう不健全な側面を持っている。やはり、規制しなければなるまい。

 

次に規制しなければならないのはなんだ。何がある。そうだ、煙草がある。

煙草は健康に悪く、歩きタバコも深刻な問題だ。マナーを守って吸っている人間がいようとも、マナーを守れない人間が一人でもいる限り、煙草は悪影響を及ぼす。煙草は、不良文化の入り口でもあり、やはり不健全だ。規制しなければならない。

 

臭いという意味では、香水、柔軟剤、酒、これらは全て悪影響を及ぼす。酒に至っては、酔っ払いのトラブルが頻発しているから、ますます不健全だ。規制せねばなるまい。

 

まだ残っているのは何だ。 どんどん規制しよう。落語、歌舞伎、浄瑠璃、能、狂言、歌劇、演劇……。フィクション文化は根こそぎ規制しよう。どうせ叩けば埃が出るのだ。悪影響を及ぼす要因の一つや二つ、あるに決まっている。

 

もっと言えば、そもそも娯楽などというもの自体が不健全であり、悪影響を及ぼすのだ。権利だ、自由だ、娯楽だ、などと叫ぶ人間が増えたから、日本はどんどん沈没していってるのだ。

汗水流して働き、働き、働き、働く。結婚し、家庭を持ち、友人を持ち、そういった人々との交流だけを楽しみとし、また働いて、また働く。これこそが、人間の健全な姿である。

 

文化も伝統も正論も理屈も、知ったことではない。不健全なものは、不健全なのだ。悪影響を受けて酷い行動をする人間が悪いのではない。悪影響を及ぼす可能性が少しでもあるものを、発信する方が悪いのだ。

人々に悪影響を及ぼし得る不健全なものを完全に規制し、健全な社会を作ることが求められる。個人レベルでの権利や自由・幸福など小さな問題であり、大きな視点で社会を見たときに健全であることが、何よりも大切なのだ。

悪影響を及ぼす物は規制しよう。全て、残らず、完璧に。その先にはきっと、不健全なほど健全な社会が待っているはずだ。

 

2017年6月16日(金)追記

Twitterで、この記事を取り上げて「頭悪い」「頭おかしい」「イライラした」と書いてらっしゃる方を見つけました。プロフィールを拝見したところ、同人サークルでR18系の作品を描いてる方のようですので、表現規制に対する怒りが人一倍強いのだろうと推察致します。

……で、こんなことを説明するのはギャグの面白さを解説させられるみたいで非常にみっともなくて恥ずかしいのですが、恥を忍んで申し上げますと、この記事は異常な表現規制推進に対する皮肉であります。本稿の一番上、翁のイラストの下にも、「日頃の愚痴か、エンタメ作品の感想か」と明記してある通り、私は、小説・漫画・映画・音楽が大好きです。バラエティも大好きです。私はまだ18歳ですが、アル中でヘヴィスモーカーだった祖父はいつも幸せそうでしたから、煙草や酒もいいもんだと思っています。女性の香水の匂いにも、よくグッときます。ちなみに、石原慎太郎は大っ嫌いです。

「不健全なほど健全な社会」等々の文言やわざとらしい論旨の流れから、この記事が表現規制派に対するあからさまな皮肉であることくらいマトモな脳味噌があれば理解できるだろう。もしこの記事を読んで激怒する奴がいたら、極度のアホだね。そういうバカのせいで、表現規制派がのさばり腐るんだよなあ。その手のアホも、ある意味では表現規制の加害者と言えるよ。

……そう思って書いたのですが、どうやら私の力不足のせいで、ホントに頭のおかしい人が書いた記事に見えてしまったらしいです。申し訳ありませんでした。お恥ずかしい限りであります。ふはははは。